同士・平賀淳
大切なのは過ごした時間の長さではない。人の生涯が、その成果ではなく、過程の豊かさで語られるべきであるのと同じように--
「情熱大陸」(TBS)のカメラマンとして、北米大陸最高峰デナリを見据える氷河に来てくださったのが平賀さんでした。そこでひと冬をご一緒しました。といっても、日数にすればわずか2週間ほどだったと記憶しています。しかも、寝泊まりにはこちらのかまくらからは見えない距離にあるテントを使っていらしたので、実際に“ご一緒した”時間はごくわずかでした。平賀さんと僕との直接の接点は、ほぼそれだけです。
重要なのは過ごした時間の長さではないのだなあ、と改めて実感します。その短い撮影行を通じて、僕たちは友人となりました。海外の辺境で過ごすことの多い互いの仕事柄、お会いする機会こそほとんどありませんでしたが、時折交わす電話は、思春期の女子のごとく、決まって長いものでした。疎遠にして近しい--これほど淡い交流にもかかわらず、その根底には通じ合う何かが確かにありました。
そんな関係を築くことができたのは平賀さんのお人柄ゆえだと、彼を知る誰もがうなずくことでしょう。邪心など持ち合わせていないかのような人懐っこい笑顔。常に穏やかでバカをつけたくなるほどに丁寧な口調。出過ぎず、それでいて決して抜かりのない撮影姿勢--取材が進むにつれ、同行の吉岡ディレクターが平賀さんのことを実の兄のように慕うようになっていったことも印象的でした。原野での単独行を常とする自分が、いわば侵入者にあっけなく心を許すことができたのも、それが平賀淳だったからに他なりません。
取材を終え、氷河上でキャンプ道具を片付ける取材班を手伝っていたときのことです。彼らがベースとしていた大型のドームテントのかたわらに、小さな雪洞をみつけました。訊けばそれは、平賀さんが作った彼の寝床でした。24時間ストーブを炊きっぱなしだったドームテントは快適そのもので、吉岡さんを相手にチビチビと酒を啜るのが平賀さんの日課だったようです。そんなテントを抜け出し、あえてマイナス数十度の雪洞で寝袋にくるまる平賀さんが、僕はたまらなく好きになりました。
--好きなことを貫けて本望だったはずだ……そういう人もいるでしょう。ですがそれは、声なき友の胸の内の、ほんの一面を表しているに過ぎないと思うのです。好きなことをやれたことは確かにしあわせだった。しかし、家族との別離と引き換えに、とまでは微塵も思わなかったはずです。もしも叶うならば、仕事を全部捨ててでも、平賀さんは愛する家族のもとに帰りたかったはずなのです。大自然をフィールドとしながらも、心は常に日本にいる家族と共にあった--そんな同士の気持ちを代弁することをどうかお許しください。
大事なのは過ごした時間の長短ではない……だけど、もっともっと、話がしたかったです。
松本 紀生
norio matsumoto