人たらしの天才
2003年1月。「エベレスト清掃登山を最後にするから来い」という半強制的な誘いを野口健さんから受け、当時27歳の私は会社を辞め野口健エベレスト清掃登山最終章に「うんこ隊長」として参加することになる。ここに参加しなければ淳君に出会うことはなかった。
淳君と初めて会ったのは野口さんが当時在籍していた事務所。まだ猫をかぶっていたのか今ほどの印象は当時それほど残っていない。
野口隊に入ったのも得意の「ハッタリ」からだったことを現地というよりもベースキャンプに入って聞いた。「アイゼンのつけ方知らないっていうんだよ!」得意そうに野口さんがみんなに説明する。淳君も負けじと「いやいや野口さん、雪山は行ったことあるんですよ!」「山岳部でアドベンチャーレースにも出ていたので大丈夫です!」そう言って入ってきた淳君。実はアイゼンやピッケルを使ったことが無いということを隠していた、いや言わないでおいたのだろう。
野口さん好みのハチャメチャだが一本筋の通ったところを買われたのは言うまでもない。しかし、そんな「ハッタリ」でエベレストのアイスフォールを登ろうとするような奴はいないのではないか?
当時は野口さんもそんな淳君が心配だったと思われ、カメラを私やほかのメンバーにも託し撮影を行うほどだった。生前、野口さんやほかの被写体の心底まで引き出す撮影をする淳君のイメージが03年のエベレストではほとんどなかった。
03年の唯一と言っていいほど覚えていることはカトマンズに下り一緒に行ったカジノでの出来事。淳君と私の二人でカトマンズでも立派なカジノに行った。
茶色い便所サンダルにポロシャツの淳君は入場を断られた。ネパールのカジノも立派なドレスコードがあったのだ。時刻は日も暮れていたので靴屋はやっていない。滞在していたホテルに帰る気などさらさらない様子で、何を思ったか、淳君はなんとカジノの近くを歩いていた通行人に声をかけ始めた。「あなたの靴を売ってくれ!」通行人もあきれ顔だったがシツコイ淳君の熱意に負け淳君は汚い靴を嬉しそうに履き「どうだ!」と言わんばかりに入口のセキュリティーを通過して入場していった。
カジノを楽しみ、負けたか負けないかのまあちょうどいいところで私は切り上げようとし、淳君を探すも彼はカードゲームのテーブルの中心にあの汚い靴を履き堂々とプレーをしていた。ただ勝っている感じはしない。「まだやるの?」とだけ声を掛けるも「もうちょっとだけ!」といって朝までやっていた淳君を置いてホテルに帰ったのを覚えている。その時から私をギャンブル好きの同類だと思われたのか、毎回ネパールに行った際の「カジノ談話」を送ってくるようになった。
いつだか「田附さん聞いてください、パチンコ屋で常連さんと話をして仲良くなったんですけど、話し相手がいなかったり、土地余らせてたり、時間つぶしなんですよね。パチンコ屋で知り合った人が土地くれるっていうんですよ!パチンコ屋って面白いですね!」その後土地をもらったかどうかは聞かないでおいた。
パチンコ屋を徘徊し挨拶回りをしておくことも淳君のライフワークの一つだったのだろうか。幅広い分野からの飽くなき探求心と情報収集を自然に身に着けていた淳君の性格も羨むところであった。
野口健事務所ができたあと最初のマネージャーとなった私は小林君の著書「さよなら野口健」で話題になった例の「〇〇ハラ」という名の愛情表現を横目?いや小林君と一緒に楽しみ、それを跳ね返す程、講演や取材、執筆までスケジュールをびっしり入れることで、プレッシャー地獄のお返しをしてきた。ただ、四六時中一緒にいて仕返しの連続ではお互い緊張がほどける時が無かった。
そこに馬鹿を言いながら何を言われてもケロッとしてそれ以上に場を明るく、人の事を考えているのか、そうでないのか、でもつんのめるほど前向きな淳君が山に一緒に行くことで野口さんもリフレッシュしたり刺激をもらったり様々な影響をうけているように見えた。
私と野口さんの学生時代に過ごした時間以上に淳君は野口さんと共に生きていた。淳君以上の時間を一緒に過ごす人はこの先出てこないだろう。
二人の関係を見ていて03年の時とは違い、本当のパートナーになっていたことが私にとって嫉妬するほどだった。
私の眼には誰よりも野口さんの事を知り慕っていたように見えた。「それも得意の『ハッタリ』で騙されちゃった?」なんて言いたかったよ。
全国、いや世界のいたるところで「平賀淳の人たらし」にはまった人たちがいるはずで、私もその被害者である。ずっと忘れることなくどこかにいて、また「タヅケさーん!」シェルパたちの発音のような名前の呼び方で電話がかかってくる気がしてならない。
この寄稿文がただの嫉妬になってしまった気がする。特に野口さんにだけは読まれたくない。
なあ淳君、「人たらし」になれるように淳君のトークを思い出して私も「人たらし」を目指すよ。ありがとう!
田附 秀起
hideki tazuke